【 強き者 】

とてもじゃないが、最近のストレス耐久度には限界を感じた綱吉は、ほんの息抜きのつもりで素の自分のまま外出した。
そのため、『ダメツナ』とバレぬよう、普段とは違う服装でキャップ帽を目深く被り、ひたすら地味に正体がバレないように装う。

昔馴染みの店にでも挨拶するかぁ、と久々の開放感に気が緩みきったのかもしれない。
その結果、非常にマズイことになってしまった。

自分のアイデンティティを著しく脅かされるほど、多大な被害である。

(冗談じゃないよ……)

半眼になって悲嘆な息を吐く綱吉は、自分より頭二つ分くらいありそうな身の丈の高い屈強な男に胸倉を掴まれていた。

男は見るからに柄が悪く、学ランを着ていたため学生だと判断できたが、私服であったならどこぞのヤクザに間違われていたであろう。
まぁ不良であることは疑いようがなかったが。

対して綱吉は小さく華奢な身体で、明らかに弱者と呼びうる貧弱な恰幅をしている。
こうなった経緯は実にくだらない因縁からだった。すれ違いざまに互いの肩がぶつかる、というベタな展開でのふっかけ。
掴んでいる男は抵抗すらしない綱吉を見て醜くニヤつく。
それを面倒くさげに歪んだ呆れの表情で綱吉は見るが、幸いにも表情は帽子に隠れて相手には見えなかった。
見えていたら相手を煽ってしまったことだろう。

ついに振り上げられた拳が綱吉の頬に下ろされ、鈍い音が衝撃と共に体を走った。
痛みで上がる悲鳴を呑み込む。

離された襟元は少しのびてしまい、殴られた力作用で後退しそうになる足を叱咤する。
おかげでその場に踏ん張れたものの、殴られた右頬がじんわり熱を帯び始め、口内では歯に当たって傷ついた内側から血が滲んだ。

(喧嘩慣れしてるな、コイツ。こういう奴らは痛めつけ方を知ってるんだよなぁ。…厄介な)

鉄錆の香りが脳を刺激する。心臓の鼓動が鼓膜に痺れるような響きを伝え、身体が急激に温まる。
封じ込めたはずの凶暴性が湧き起った。

 

今スグ コイツ等ニ 判ラセテヤリタイ。 誰ガ 強者カヲ。

 

(あ〜……もう、いっか。今日は『ダメツナ』オフだし。ストレス発散しないとなっ!)

紅く色づく唇を艶美につり上げた。瞳は強く光を放つように輝く。

その変貌に気づかない相手は自分たちの近い未来すら見えずに、暗く愉悦の笑みを深める。

彼ら三人は綱吉を囲い、逃がさぬように詰め寄る。

右から拳が迫る。それをわざとギリギリで避ければ、背後から羽交い絞めするように腕を捉まれた。
即座に片腕を振り払い、向き合い際に回し蹴りを側頭部にくらわす。さらに鳩尾にアッパーをきめ、沈める。

すると後ろから肩を引かれ、腹部目掛けて蹴りが飛んできた。
それを両腕を盾に受け止め、そのままスライドさせると脇腹に肘鉄を当てる。
痛みから折り曲げた上半身を下から顎目掛けて、掌で押し上げると相手は後ろへ倒れていった。

「最後に残ったのはアンタだけだよ。この礼はきっちり返すから」
正面を向くと、人差し指で自分の右頬を指し、にやりっと笑う。頬は少し赤く腫れていて、口の端は切れて紫色になっている。
その口角が綺麗につり上がる様は不敵さが漂い、絶対の強者に男は恐怖しか抱けなかった。
恐怖で竦んだ男は綱吉が背後に回ったのにも反応できず、裏膝に蹴りを入れられ簡単に膝を折った。
その時、首に手刀を打ち込み、フィニッシュには背中に踵落としを入れると完全に地に伏した。

「はぁ、あっけなくて発散にもならない。ったく、やられ損かよ。くそっ、母さんになんて言おう…」

悪態付きながら帽子を被り直すと、もう彼らなど目もくれずに歩き始めた。

綱吉が消えた路面に面した建物の屋上では人影が動いた。

 

 

 

 

 
翌日、登校すると正門前に恐怖の代名詞とも呼べるあの人が立っていた。
真っ直ぐ目線を向け、足取りも確かに近づく雲雀に、げっと呻く綱吉は青褪める。

真正面に来ると、まず隣の獄寺が雲雀に食ってかかる。
ぎゃんぎゃん喚く獄寺に眉を顰めた顔で一瞥の後、綱吉に視線を戻した。

「ねぇ話があるんだけど、君だけ来てくれない?煩くて噛み殺してやりたくなるから」

あまりに物騒な提示に慌てて獄寺を教室に行かせ、自分は雲雀と共に応接室へ向かった。

 

 

「それで話って…」

扉の閉まった応接室に逃げ場はなく、ただ恐々と視線を惑わせ、身を小さくする。

「とりあえず座ったら。何か飲む?」

向かいのソファに促し、ポットに入っている冷えた緑茶をグラスに注いで、差し出す。
対して雲雀は自分用のマグカップにホットティーを淹れている。

それを見て綱吉は目を細め、今まで纏っていた雰囲気をガラリと変えた。

「痛むんでしょ、頬。冷やすついでに飲めば?」

視線すら合わせず、くすりっと笑む雲雀。

急速に不機嫌になる綱吉は荒々しくグラスを掴むと、茶を口に含んだ。
じくじくと慢性な痛みを訴えていたものが、冷やされて和らぐ。
雲雀の言ったことが満更でないことが余計に癇に障った。

「やっぱりな。あんただったんだ…」

あの時視線を感じたけれど、正体は薄々気づいていたため、追求はしなかった。ただ面倒であったのを理由に。

「驚いたよ。君、強いじゃない。…ねぇ僕のトコ、来ない?」

とても優雅にカップを傾ける。その唇に最も簡潔でストレートな要求を乗せる。

「はぁっ!?あっはっは、オモシロイ冗談だねぇ!

イヤです。それに、あなた馴れ合いは嫌いじゃなかったっけ?」

驚愕に一笑すると、足を組んで背凭れに体を預ける。

「もちろん嫌いさ。でも君は例外」

都合のいい耳なのか、はたまた元から感情表現に疎いのか、断られたことにも動じず、言いたいことだけを口にする。
そんな雲雀と言葉遊びをするように、なんでまた?とさらに訊ねた。

「僕を退屈させないだろうから」

雲雀の両眼がしっかりと綱吉を捕らえる。
強く感情の篭った眼は相手を威圧するように光る。

「たぶん、その通りだろうね。…だけど、お断りします。今はまだ辞める訳にいかない」

そう断言すると、グラスの茶を全て煽り、空になったものをデーブルに置く。
ソファから腰を上げ、ごちそうさまと言いドアノブ手を掛け、回す。

「またね、ツナヨシ。今度はいい返事を待ってるよ」

出て行く綱吉の背中に長期に渡る勧誘の挑戦状を宣言する雲雀。

「さぁね」

その返答は濁したもので、クスクスと笑う声を隔てた部屋に残して、綱吉はその場を去った。

 

end.