黒曜センターでの六道骸との戦いから、数日後の朝。
隣で塀の上を歩いているリボーンと二人で、ツナは学校へ向かう道をのんびりと歩いていた。
「いい天気だなあ・・・・・」
「骸を倒したからって平和ボケしてんな、ツナ。十代目になるためには、まだまだ越えなければならない試練が山盛りだぞ」
ボンゴレの十代目に就任することをツナ本人が了承してもいないのに、当たり前のようにそんなことを言ってくるリボーンを全力で無視して、のほほんとした空気をかもし出しながらツナはのんきに空を見上げ、平和っていいなあとしみじみと思っていた。
誰も殴りかかってきたりしないし、殺気を飛ばしてくるような輩もガンをつけてくる者もいない。
道を行くのは、ツナのように学校に向かう極々一般の中高生たちやその他諸々の一般人たちだけである。(ツナとリボーンが一般人の規範からこれ以上ないほど大きく外れているということは指摘してはいけない。)
町の様子は、つい数日前六道骸率いる黒曜軍団の引き起こした混沌などなかったように穏やかで、人々の立ち直りの早さが窺える。
それだけを見れば並盛という町の全てが、六道骸という嵐が去り何もかもが元通りになったように見えた。
何もかもが元通り。
ただし、たった一人―――――ツナに関することを除けばという注釈がつけられるが。
黒曜センターでの戦いの日から、ツナは“ダメツナ”の演技をすることをやめた。
自分一人を誘い出すためだけに、無関係な人々や友人たちを傷つけられたツナはあの日の戦いの際、自らに課していた“ダメツナ”という仮面を取り払って本性を見せた。
冷静にして無慈悲に、冷酷にして容赦なく、刃向かうものを徹底的に叩き潰すという、ツナの中に流れるマフィアの血を解き放った。
そうせざるを得なかったからだ。
“ダメツナ”のままでは、骸たちを倒すことはできなかった。
だから、ツナは幼き日から隠し続けていた自分の中の闇を解放した。
その結果リボーンや獄寺、山本、ヒバリと言った面々にはツナの本性がバレてしまい、もはや演技を続けるのも面倒なので、ツナは“ダメツナ”の仮面を捨てた。
元々、普通で平凡で平和な生活を送りたくて被っていた仮面。
ツナをマフィアのボスに仕立て上げようとしている似非赤ん坊や、「十代目!」とツナを慕ってくるダイナマイト男や、笑顔で凶器(バット)を振り回す天然野球少年や、風紀委員のくせに不良の頂点に立っている矛盾だらけの委員長に本性がばれてしまった以上、演技を続けたとしても平凡な日々を送ることは不可能だろうと早々に悟ったためだった。
「はあ・・・・・」
どこか悟りにも似た諦めの境地に立って深いため息を吐いていると、リボーンは塀の上からぴょんっとツナの肩の上に飛び乗ってきた。
「何ため息なんか吐いてんだ」
「別に」
ツナの本性を知ってから明らかに上機嫌な状態が続いているリボーンをチラリと一瞥し、けっと言ってツナは顔を背けた。
「お前のせいで、俺の人生設計は滅茶苦茶だよ」
ツナの言葉にリボーンは片眉を上げてクイッと帽子をかぶりなおして、その影で口元に密やかな笑みを刷く。
「それでもお前、今の状態、嫌じゃないんだろ?」
「・・・・・だから嫌なんだよ」
断定的なリボーンの言葉に、ツナはわずかに顔をしかめさせた。
リボーンの言葉は当たっている。
今の状態を嫌じゃないと思う自分が、ツナは嫌なのだ。
ずっと小さなころから面倒ごとが嫌いで、平々凡々な生活を送りたいと思っていた。
能力を隠し続けて平和な毎日を送り、ずっとそんなふうに過ごして生きたいというのがツナの望みだったはずなのに、マフィアとかそんなものを引き連れてイタリアからリボーンがやって来て分かったことがある。
血と暴力のにおいの消えない日々を過ごすことが、ツナは嫌ではないのだ。
平凡に暮らしていきたいと思う心もあれば、自らの内に潜む闇を開放して暴れまわる日々を送ることも悪くないと思う心もある。
どちらも同じ程度の強さの欲求で、ツナの心にのしかかっている。
それでも、これまで散々自分を押し込めてきた結果か、今の時点では後者の欲求が強く勢力を上げているのだが。
どれだけ巧妙に隠したとしてもツナの中の闇が消えることは、ツナの中に流れるボンゴレの血が絶えることはない。
平和を望みながらも、混沌と争いと血に強く惹かれるのは紛うことなきツナの本性。
「夢は平凡で平和な毎日を送ることだったんだけどなあ・・・・・」
どこで間違えたんだろう、と深いため息を吐くツナを見て、ツナの肩の上に鎮座する黒衣の赤ん坊はニヤリと口角を上げて言う。
「最初から、だろ?そんな日常をお前が望むこと自体間違いだったんだ」
「・・・はあ・・・」
リボーンの言葉を否定しきれない自分自身に、ツナは再度大きなため息を吐いた。
深いため息をツナが吐いていると、周囲から声を潜めての会話と数多く突き刺さってくる視線を感じ、ツナは不快だとでも言いたげにわずかに眉をしかめた。
潜めた声も視線も、本人たちは隠しているつもりなのかもしれないが、全く隠れてなどいない。
「おい、あっち見てみろよ」
「ねえねえ、あそこ。あれが“沢田綱吉”だよね?最近・・・・・」
リボーンと会話しているうちにどうやら並盛中のすぐ近くまで来ていたようで、周囲は多くの並中生たちが学校に向かって歩いている。
会話と視線の正体は、その彼らから発せられたものだ。
ダメツナの演技をやめた結果、ここ数日でまるで別人になってしまったかのようなツナに、皆興味津々なのだろう。
ツナとしては、これまで完璧に隠し通してきた本性をさらけ出しているだけなのだが、周囲から見れば今までダメダメだったツナが急激な変化を遂げたようにしか見えない。
「うっとうしい・・・・・」
大人数からの熱い視線を受けたツナはわずかに眉をしかめた後、まるでそんなもの存在しないかのようにキレイさっぱり無視して、先ほどまで空を仰ぎのんびり歩いていたときとは裏腹にスタスタと早足気味に進んで行く。
数多の視線をものともせず颯爽と歩いて行くツナを見て、周囲の生徒たちのうち一人がポツリとつぶやく。
「ダメツナがこんなふうになっちゃうなんて・・・・・反則でしょ」
反則だといいながらも彼女の目はツナの姿に釘付けで、その頬は明らかに赤く色づいていた。
ここ数日で、ツナに対する周囲の視線は明らかにこれまでとは全く別のものに変わっていた。
それはひとえに、数日前からのツナの変化に起因するものである。
やる気のなさそうな態度は元のまま、けれど授業で当てられた場合はよどみなくスラスラと正しい解を答え、嫌味な教師に対しては言われた嫌味の十倍返しは当たり前、それどころかその教師の専門分野で複雑難解な問いを投げかけ自信喪失させて胃潰瘍に追い込み、体育の際には目を見張るほどの活躍を見せる上、肩にぶつかったなんてくだらない理由でツナをカツアゲしようとしてきた不良を返り討ちにする等々、これまでのツナから考えてみればありえない行動の数々。
その劇的な変化がどのようにしてもたらされたものなのか、並森中の生徒の中で気になっていない者はいないといっても良いほどであり、ダメツナを装っていたころには気付かなかったツナの魅力に皆が惹かれていった。
つい数日前までは特に飛びぬけていいものだとも思わなかったツナの容貌は、今見て見れば十分に鑑賞に堪える美を有したもので。
小作りな顔に散りばめられたパーツはどれも標準以上に整ったものであり、淡く色づいた唇、高くはないが低いわけでもなくスッと通った鼻筋、筆で描いたように滑らかな曲線を描く眉、大きな瞳を彩る長い睫毛(ツナのもともとの色素が薄いためか睫毛も淡い色をしているため、じっくり見ないとその長さがマッチ棒も余裕で乗せられるものだと気付く者は少ないが)、そして何より人目を引くのは、確固とした意思を有している力強い琥珀の瞳。
これまで気付かなかったことが不思議なほど、その容姿は整ったものだった。
ここ数日、まじまじとツナの姿を見つめた二、三年生の男子生徒たちは「あれは男、あれは男・・・・・どれだけかわいく見えてもあれは男・・・・・」と何かの呪文のようなつぶやきをブツブツと繰り返し、後輩である一年生男子は「兄貴とお呼びしたい・・・・・!」と影で頬を染め、女生徒陣は「頭脳良し、運動神経良し、ついでにケンカも強い、そして何より美少年・・・・・ファンクラブ結成よ!」と意気込んでいた。
しかし本性をさらけ出したツナに周囲がどれだけ騒ごうが、ツナはそんなもの気にもかけずに我が道を突き進んでいた。
ツナをカツアゲしようとして、逆にツナがディーノから譲り受けた鞭で逆に返り討ちにあった不良少年たちが「女王様!」と足元にひざまずこうが、それを視界の端にも入れずに踏み潰して我が道を突き進んでいた。(ツナに踏み潰された彼らがうっとりと恍惚とした表情を浮かべていたことは言うまでもない。)
気軽に近づくことも許さない、平和な日本社会において明らかに異質でいびつなツナの雰囲気に圧倒され、今のところ獄寺や山本といった元々のツナの友人以外の人間の大半は何か用事があるとき以外は話しかけることもできずにいる。
その結果、登校途中であるのになぜか肩に赤ん坊を乗せて歩いているツナを、今日も今日とて並中生たちが遠巻きに見つめることしかできないでいると、今にも校門をくぐり抜けようとしていたツナの前に一人のチャレンジャーが立ちはだかった。
「待ちなよ、沢田綱吉」
指定の制服とは明らかに異なる黒い学ラン(並中の制服はブレザーである。)を風になびかせて立つその人物の名は雲雀恭弥。
並盛の恐怖の代名詞である。
しかし、いつもなら怯えを含んだ眼差しで彼を見つめる群集は、今日ばかりは賛嘆のため息とともに熱いエールをヒバリに送っていた。
皆の思いとしては『さすがヒバリ様、やってくださった!』とでもいうところだろうか。
期待に満ちた視線のど真ん中でヒバリと退治したツナは、にっこりと艶やかに微笑んでみせた。
「・・・・・これは風紀委員長サマ、俺みたいな罪のない一般的生徒に一体何のご用でしょうか?」
『偽りのその後』
行く手を阻むように立ちはだかるヒバリに向ける視線は冷たいまま、ツナは表情筋を動かしてにこりと笑みを形作る。
「・・・・・これは風紀委員長サマ、俺みたいな罪のない一般的生徒に一体何のご用でしょうか?用が無いんだったら、通行の邪魔だからさっさとどいてほしいんですけど」
その瞬間、ツナとヒバリを取り巻くようにして見物している周囲の生徒たちは『ヒイイィ!』と声にならない悲鳴を上げた。
いくら最近目覚しい変化を遂げたツナだとて、ヒバリにこんな口を聞いて無事でいられるとは彼らには思えなかった。
儚げな少女のように整ったツナの造作がトンファーの餌食になる場面を思い浮かべ、そんなの見たくなんてない!と男女関わらず生徒たちはとっさに目をふさいだが、いつまで経っても人体を殴るときに聞こえてくる鈍い打撃音が耳に届くことはない。
不思議に思って開けた彼らの目には、トンファーの錆になったツナ・・・・・ではなくて、いいものを見つけたとでも言わんばかりの捕獲者の瞳で口元を吊り上げる、世にも恐ろしいヒバリの笑顔だった。
『いやあああああぁぁ!』と声にならない悲鳴パート2を仲良くいっせいに発する生徒たちの中心で、ヒバリはさも愉快そうに笑みを形作ったまま口を開いた。
「悪いけど、用があるから僕はここに立ってるんだ」
「へえ、そうですか。ああ、もしかしてこいつに会いたかったとか?」
肩に乗せたリボーンを視線で示し、ツナはヒョイッと赤ん坊の身体を抱き上げる。
「それなら遠慮せずにどーぞ。こんなかわいくも何ともない赤ん坊なんて、いくらでも差し上げますから」
そんな言葉とともにツナはヒバリに向かって、何の予備動作もなく突然ポイッとリボーンを放り投げた。
突然の所業にリボーンは空中で舌打ちすると、ヒバリのところに届くまでにクルリと身体を回転させてスタッと華麗に地面に着地した。
「ツナ、テメェ・・・・・いきなり何しやがる」
着地するや否や鋭い視線を向けてくるリボーンを、ツナは笑っていなす。
「お前ならこれぐらいで怪我したりしないだろ?大体、普段のお前ならあれぐらい、投げられる前に抜け出してただろうが。油断してたお前が悪い」
ツナの肩の上で、気を抜いていたのは確かだったのでリボーンは決まり悪そうに顔を背ける。
「チッ・・・・・かわいくねぇな」
「かわいくなくて結構。女じゃあるまいし、そんなの望んじゃいないよ」
リボーンの言葉をツナが鼻で笑っていると、「ねえ」と脇から声をかけられてのど元にトンファーを突きつけられた。
「僕を忘れるなんて、いい度胸してるね沢田綱吉」
「別に忘れてたわけじゃないですよ」
のどのすぐ近くに迫る凶器を華奢な手で押しやって、ツナはにっこりと微笑んだ。
「ただ無視してただけで」
その言葉を聞いた周囲は、心の中でいっせいに『なお悪いわあああああ!』と激しい突っ込みを入れた。
今度こそヤバイ、絶対にトンファーの餌食になる!と内心ハラハラしながら周囲はヒバリとツナを静かに見守るが、彼らの予想に反してヒバリは大人しくトンファーを袖にしまうと、長い指でクイッとツナのあごを持ち上げた。
「本当にいい性格をしてる・・・・・君、風紀委員会に入らないかい?」
その瞬間、校庭中に衝撃が走った。
群れるのが嫌いと常々公言しているヒバリが、一匹狼のヒバリが、ツナを風紀委員に誘ったのである。驚かないはずがない。
しかしツナは外野とは裏腹に、ヒバリの言葉にたいした反応も見せず、にっこりと笑ってきっぱりと否定の言葉を吐いた。
「お断りします。一昔前の不良みたいに頭悪そうなリーゼントなんかに俺、髪型変えたくなんてありませんから」
チラリとヒバリの背後に立つ数人の風紀の人間を流し見て、クスリと意地の悪い笑みをこぼす。
明らかに風紀委員全体を挑発しているような言動に、周囲の生徒たちは『何を言ってるんだあああああ!』と幾度目かの声にならない悲鳴を上げた。
ヒバリ以外の風紀委員は、確かに判で押したかのように皆が皆同じ髪型―――――リーゼントをしている。
だがだからと言って、本人たちがいる前で「頭悪そう」なんて言葉は言ってはいけないだろう・・・・・たとえ思っていたとしても。
風紀委員たちはツナの言葉に怒りをあらわにして憤るが、彼らの擁護など欠片も考えていないヒバリはククッと小さく笑い声を上げるとツナの頬を撫でた。
「断るにしても、また奇抜な理由を持ってきたね。だけどあの髪型は別に僕が強制してるわけでも何でもないから、髪型の問題は解決。さて再度聞くけど沢田綱吉、風紀委員になる気は?」
頬を撫でるヒバリの手をパシッと叩き落とし、ツナはうっとうしげに前髪を掻きあげた。
「何度も言わせないでもらえませんか?そんな気持ちは微塵もありません。それよりヒバリさん、フルネーム呼びはやめてもらえるとありがたいんですが。慣れていないので気持ち悪いんです」
「ワオ、名前で呼んでほしいって?積極的な子だね」
「誰がそんなことを言いましたか、誰が。苗字で呼べばいいでしょう」
「綱吉、風紀委員になるつもりがないなら、またいつか応接室に遊びにおいで。君ならいつでも大歓迎だ」
「聞けよ」
人の話を聞かないヒバリにツナが突っ込みを入れていると、遠くから聞きなれた声が聞こえてくる。
「ヒバリ!十代目に近寄んじゃねえ!!!」
そんなことを叫びながら、ものすごいスピードで走り寄ってくるツナの忠犬―――――獄寺に懸念を覚えていると、ツナの予想通り彼は懐から己の武器であるダイナマイトを取り出した。
「果てろ!」
その声とともに、同じ場所にツナがいるにも関らずヒバリ向かって投げつけられたダイナマイトを見て、『獄寺君って本当に俺のこと慕っているんだろうか』と果てしない疑問を胸に抱きながらとりあえずツナは爆弾を避けるべくその場を跳び退いた。
ヒバリもリボーンも同じようにしてその場を離れた光景が周囲の生徒たちにより認識できた最後で、校門の周囲にいた人間をその後爆風が襲う。
野次馬化していた生徒たちは皆、顔の前に手をかざして爆風により舞い上がるグラウンドの砂から目を守ろうとする。
やっと硝煙と砂の嵐が収まったとき彼らの目に映ったのは、トンファーを構えるヒバリとダイナマイトを持って煙草を吸っている獄寺の姿だった。
「十代目の半径一キロ以内に入んじゃねーよ」
同じ学校に在籍している以上、明らかに無理なことを言う獄寺を見て、ヒバリはあざ笑うように悪辣な笑みを浮かべる。
「君こそ、弱いくせに綱吉の周囲をうろつかないでもらいたいね」
「何だと!?この野郎・・・・・果てろ!」
「・・・・・噛み殺す」
大量のダイナマイトが宙を舞い、腰を低くしたヒバリがトンファーを掲げて走り出す。
あわや血みどろデスマッチの開催かと思いきや。
「はい、そこまで」
ディーノから譲り受けた鞭を右腕で操り、空を舞うダイナマイトをさらに空高くまで上げて地上に影響のない高さで爆破させ、返す鞭で獄寺の手からダイナマイトを叩き落すと同時に、もう一方の手でヒバリの動きを止める。
「面倒をかけないでくれる?まだ怪我も治りきってないくせに」
ほぼ無傷のツナと違って、獄寺とヒバリは黒曜中との戦いで大きな傷を負っている。
本来なら、獄寺もヒバリもまだ立つこともできないような大怪我だったはずなのに、入院を嫌がって二人とも無理に登校しているのである。
そんな彼らに、こんなことでケンカをさせるわけにはいかない。
ツナを狙っていた黒曜陣のせいで傷を負った二人に対して、ツナはそれなりの責任を感じているのである。
自分のせいで傷を負わせた上、自分が原因で二人がケンカを引き起こして、その結果無茶して傷が悪化しようものならさすがにツナもいたたまれない。
そんなツナの心遣いなど知らず、未だにギリギリとにらみ合っている獄寺たちにため息を吐いたツナは、ある一つの提案を二人に持ちかけた。
「大人しくケンカをやめて授業に向かうか、俺に昏倒させられて病院に戻るか。どっちがいい?」
提案と言っても、病院に戻りたくない限り選択肢は明らかに一つしかないのだが、ツナにしてみればこれが最大限の譲歩である。
二人が普通の状態なら何も言わずにぶん殴って気絶させるところを、二者択一であれ一応の選択権を与えているのだから。
「それで、どうする?」
凄絶な笑顔に間近ですごまれた二人は、即座に互いから視線をそらすとそれそれ自分の武器をゴソゴソとしまい込んだ。
「はい、よくできましたー」
それを見届けたツナは、まるで幼い子供でも相手にするかのような感じでパチパチと手を叩いて、にっこりと微笑みを浮かべる。
「おいオメ−ら、俺には関係ねーがな」
ニコニコと笑みを形作るツナの肩の上にピョンッと飛び乗ったリボーンは、校舎の上のほうに備え付けられている大時計をクイッとあごで指し示すと、呆れたような表情で言った。
「早くしねーと遅刻するぞ」
時計を見ると、時刻はすでにホームルーム開始の三分前を指している。
「うわっ、嘘だろ!!」
ツナとしては珍しく今日は早く家を出たのに、こんなことで時間を取られて遅刻するなどせっかくの早起きが無駄になるようで嫌である。
なのでツナは獄寺やヒバリといった面々を置いて、リボーンを肩に乗せたままさっさと校舎に向かって駆け出した。
しかも下駄箱の方面ではなく、なぜか校舎の端のほうに向かって。
ポカンとした顔でそれを見送る群衆の視線を受けて、タッタッタッと軽やかな足取りで校舎のすぐ近くまで来たツナは、今いる位置の真上に存在する自分の教室を見上げすぐ側に生えている大きな木に手をかけた。
「ほっ、と・・・・・」
そんな声とともに地面を蹴ったツナの身体は枝から枝へと飛び移り、やがて己のクラスに隣接する枝の上に到着した。
そのまま教室の中に窓からするりと滑り込むと、山本と笹川京子、黒川花の三人だけが室内にはいた。
「よおツナ、はよ」
「おはようツナ君」
「おはよ」
にかっと笑って手を振って来る山本、無邪気な笑みを浮かべて挨拶してくる京子、ちらりと視線を向けた後興味なさ気にあいさつしてくる黒川。
挨拶だけでも三者三様に個性が出ていることがおかしくて、ツナはくすりと笑みをこぼして挨拶を返した。
「おはよう」
窓の桟から足を下ろすと、まだ人で埋まっているグラウンドに視線をやった山本は苦笑してツナの肩をいたわるようにポンと軽く叩いた。
「朝からお疲れだな、ツナ」
「ホントやってらんないよ。山本たち以外、クラスの奴らほとんどあそこにいるんだろ?皆暇人だよなあ」
「まあそう言ってやんなって。ツナのことがそれだけ気になってんだよ」
「正直迷惑だね」
キッパリと言い切って嫌そうに顔をしかめるツナを、黒川はまじまじと見つめたのち呆れたようにつぶやいた。
「あんた本当に前とぜんっぜん違うわよね」
「でも、地はこっちの方だから」
「詐欺にしか見えないわよ」
「それはそれは、お褒めに預かり至極光栄です」
などという会話を繰り広げているうちに、チャイムの音が校舎に響き渡った。
その音にかぶるようにして、『遅刻だああああ!』というグラウンドにいた生徒たちの悲鳴が上がる。
いっせいに校舎に向かって走りだした生徒たちを窓から見下ろして、あの場にいて唯一ホームルームに間に合ったツナはくすりと意地悪な笑みを刻んだ。
「あんたって・・・・・性格悪かったのね」
その笑みを見咎めた黒川に心底呆れたように肩をすくめられ、ツナは当然とでも言いたげな口調で言う。
「性格の良い人間が、生まれてからずっと表面を偽ったりするわけないだろ?」
―――――まあ確かに。
ツナとリボーン以外で、教室にいた三人は一様に納得したように頷いた。
あとがき
ヒバリさんが好きです。でも、ツナのことはもっと好きです。
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