漆黒の美貌を誇る彼に対して抱いた、第一印象。

 

――――― 何この場違いな人。並盛の制服ってブレザーじゃなかったっけ? ―――――

 

その直後。

同じことを口にした男子生徒が、『風紀』の腕章を付けた物騒な方々に連行されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対峙する人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダン!!

胸倉を掴まれたまま薄汚れた壁へと叩き付けられ、少年は小さく声を上げた。

その口から明瞭な悲鳴が飛び出さなかったのは、貧相で非力で子供子供した容姿であれど正

真正銘生物学上『男』である彼のプライドがそうさせたからではなく、空気中の酸素を体内

へと取り込み、全身に循環させる役目を担う複数の器官が強い衝撃を受けたからだ。

強打した肩は鈍いながらも後を引く痛みを訴え、ジクジクとした熱を持ち始めるが、そうと

わかっていても少年は何もすることができなかった。

今の彼に許されているのは、抗議の声を上げることでも抵抗することでもなく、苦痛に顔を

歪めることぐらいだったからだ。

 

 

「なぁなぁ、沢田ちゃん。んなツマんねぇこと言うなよー」

 

 

ギリギリまで近付けられた顔が、少年の鼻先で醜悪な笑みを浮かべる。

止めて下さい。

そんなに密着する必要がどこにあるっていうんですか。

アンタもしかしてホモですか。

せめてもの抵抗として内心でそう突っ込んだ少年は、その突っ込みに反するような気弱な態

度で『ひぃっ!』と呻いた。

 

 

「そ、そんなこと言ったって、俺もうお金なんて持ってな……だっ、大体、アンタ達に一昨

日取られたお金が全財産で…………っ」

 

「『取られた』?人聞き悪ぃこと言うなよなぁ」

 

「そうそう、アレはお前が『寄付』してくれたんだろ?」

 

 

そう言って。

今まさに善良な青少年から金銭を巻き上げようとしている非常識な輩は、自身が口にした科

白がツボに入ったのか、それはそれは可笑しそうに笑った。

はいはい、『寄付』という名の恐喝ね。

自分のモノとは違い偽物臭いベタッとした色の茶髪を無感動に眺めながら、少年は彼等の科

白の中にあった問題箇所を無言で訂正した。

そんな『カモ』の心の内を彼等が知ったら、憤慨するよりも先に、校内で流れている噂とは

全く違う少年の様子に揃って首を傾げることになるだろう。

それもそのはず。

少年―――――『ダメツナ』こと沢田綱吉は、そのアダ名が表す通り、全てにおいて『駄目』

な人間であった。

主要五教科の成績では並盛中始まって以来の大記録を打ち出し(※悪さの)、運動神経

も同年代の少年少女の誰よりもズバ抜けており(※悪さの)、『せめてこれぐらいは』と

希望を持っておきたい芸術面の才能も目覚しいモノがある(※悪さの)

特別悪くもないが、目を見張るほどの華がある訳でもない平凡な容姿。

日本の大抵の子供がそうであるように小学校からの持ち上がりであるクラスメートを前にし

ても挨拶を交わす程度の社交性しか見せず、その性格を端的に表現するとしたら『卑屈』、『not

努力家』、『他力本願』といった、とにかく悪い印象しかない言葉のオンパレードで。

齢十二にして『人生の負け組』に属している―――――それが、周囲の人間が認識している

『沢田綱吉』という人間の人物像だ。

しかし、それはあくまで事実の一つであって、必ずしも真実という訳ではなかった。

本来の彼は思慮深く、狡猾にして獰猛、けして自身から手を出すことはないが己が爪と牙で

もって獲物を狩る捕食者で、間違いなく上に立つべくして生まれてきた人間である。

ならばなぜ、こんな目に遭っているにも関わらずその本性(と言うと聞こえが悪いが)をひ

た隠しにしているのか―――――それには、深いようで浅い、それでもやっぱり常識的に考

えると深いはずの理由があった。

実は沢田少年、生粋の日本人ではない。

小学校の時の社会科の授業で『長靴の形ですね』と説明された国の人間をそう遠い間柄では

ない祖先に持っているらしく、なんでも父から聞いた話では、その問題の御先祖様は傍迷惑

なことに『ボンゴレ』という巨大ファミリーのボスだったのだそうだ。

もちろん、『カッコ良くて頼もしいパパと綺麗で優しいママ、そして僕

がいて、あと犬のポチ(猫のタマでも可)がいまぁーす♪きゃ★』

な『ファミリー』ではなく、人殺しの道具を日常的にパン

パン鳴らしまくっちゃっていたりするその

業界の『ファミリー』である。

『血筋』というモノを殊の外重視しているらしいアチラの方々は、たとえ東洋の島国で一般

人に埋もれて生温い平和に浸っているような腑抜けでも、『ボンゴレの血縁』であることに変

わりはない自分達を無視することは到底できなかったらしく、ツナは今まで幾度となく暗殺

され掛けてきたという過去を持つ。

しかし、皮肉なことにそもそもの発端である『ボンゴレの血』自体が大人しく消されること

を良しとせず、また、物心つく前から行われていた父の熱心な指導の甲斐もあり(箸の持ち

方を教わった頃とほぼ同時期に、護身用どころではない軍用銃の扱い方を教え込まれたのだ

から、自分達親子がどれだけの危険に晒されているか幼いながらもわかった)、それらを回避

する術も力もすでに充分持っていたため、ツナは大事に至らずに済んだのだ。

そんなツナを含め、沢田家の願いはあくまで『普通』であること。

血生臭い世界に関わらず、平凡人生を大爆走することなのである。

故に、ツナは必然的に身に付けた力も知識もけして周囲にひけらかすことなく、未来の輝か

しい平凡人生のために『ダメツナ』という擬似人格を作り上げたという訳だ。

―――――だが、現在進行形で二回目のカツアゲを体験している身としては、その『ダメツ

ナ設定』を少し調整する必要があるように思えてきた。

劣等オーラが出ているのはいいが、『ダメツナ』を装うのはあくまでマフィア連中に対する目

晦ましであるため、悪い意味で目立つのだって歓迎できることではないのである。

もう少し上手く立ち回っても良いということなのだろう。

何度言っても財布を献上する気配を見せないツナに痺れを切らしたのか、ツナを薄汚れた壁

へと押さえ付けている無礼者が頑強な拳を振り下ろしてきた。

『あーあ、こういう奴等ってイロイロな意味で中途半端だから綺麗にキメてくれなくて地味

に痛いんだよねぇ』と。

先程の心の声とは違い、彼等が耳にすれば間違いなく憤慨することを考えたツナは、来る瞬

間に備えて静かに目を閉じた。

―――――が。

 

 

「…………あ?」

 

 

何もない。

時間差攻撃を仕掛けてくるような知能的なイキモノには思えなかったのに、どういうこと?

胸元から消え失せた圧迫感のこともあり、不思議に思ってそっと目を開けると、ツナに絡ん

でいた二人組はなぜか血と泥にまみれて揃いも揃って地に伏していた。

どんな奇跡が起こったんだと目を丸くしかけ、ツナはハッとする。

弾かれたかのように顔を上げると、そこには逆光を背に浴びた黒いシルエットが。

規定の制服であるブレザーを綺麗に無視し、平然と闇色の学ランを身に纏っているのは、風

紀委員長でありながら不良の頂点に立つ『雲雀恭弥』、その人だった。

美貌の風紀委員長様はトンファーを振って付着した血を払い、凄絶に笑う。

 

 

「僕の縄張りで誰の許可を得て群れてるのさ」

 

「な、んで…………」

 

 

その言葉を最後まで聞くよりも先に、ツナへと視線を移したヒバリが無言で目を細める。

 

 

「助けてくれたのかって?馬鹿言うんじゃないよ。僕は弱い人間はもっと嫌いなんだ」

 

 

理不尽な発言と共に、振り下ろされるトンファー。

空を斬るソレは、その威力とスピードを窺い知ることができるような音を立ててツナの横っ

面にモロに入る軌道を描いた―――――のだが、異質な血故に優れた動体視力を持つツナは

回避するどころか、なぜか身構えることすらしなかった。

確証があった訳ではない。

ただ、彼の一連の動作を見て『違う』と、そう思ったのだ。

案の定、トンファーの冷たく硬質な鉄芯はツナの頬に触れる直前で止められ、当然のことな

がらツナ自身は無傷のまま。

 

 

「…………なんで避けないの」

 

 

ヒバリの問いを耳にしたツナは。

自身の直感が外れていなかったことに対して満足したが、それと同時に、冷水を浴びせられ

たかのような感覚に陥った。

まずい。

『ダメツナ』でこの反応はありえなかったのだ!

ツナはとっさに。

 

 

「そ、そんな、俺なんかが貴方のトンファーをかわせる訳ないじゃないですか!!」

 

 

無理です、無理無理絶対無理!!

全力で首を左右に振って誤魔化したのだが、その全面否定が気に障ったらしく、見た目だけ

は非常に美しいヒバリ様は余計不快そうにその秀麗な御尊顔を歪められた。

 

 

「その口、五月蝿いね。いっそ塞いであげようか?」

 

「い…………っ!」

 

 

容赦なく髪を掴まれ、再び壁へと叩き付けられる。

鍛えようのないところだったため、素で痛いと思った。

『捕食者』特有の鋭い眼光を自身の白い喉元に突き付けられたツナは、二重三重の意味で頭

がクラクラして泣きそうだ。

俺は変態じゃありません。

貴方の口癖のように『噛み』殺されたくはないんです。

 

 

「まだボロ出さないの……ねぇ、ソレいい加減止めたら?ホントの君を出してよ。僕は今の

君じゃなくてソッチの君と話したいんだけど」

 

 

 

 

―――――えーっと、今なんと仰いました?

 

ツナは今度こそ目を丸くした。

健常であるはずの自分の耳を疑ったが、確信に満ちた目でもって見下ろされ、それが幻聴で

はないことを知る。

これは誤魔化せ……ない、か。

身に纏う雰囲気をガラリと変え、よく見れば小奇麗なその顔から表情という表情を全て削ぎ

落としたツナは、ヒバリの御前であるというのに此れ見よがしに嘆息し、前髪周辺の髪を鷲

掴みにしている彼の手を振り払った。

 

 

「―――――あのさぁ、一つ聞いていい?」

 

「何」

 

 

ツナの変化に幾分か気を良くしたヒバリが唇の両端を吊り上げたのを見て、乱れた髪を手櫛

でおざなりに直したツナは、風紀委員長様の目を真っ直ぐに見返す。

 

 

「なんでわかったの。俺の演技そんなに下手だった?」

 

「いや、本職の役者以上だったよ。だから余計に妙なんだ。君の同級生が言う『ダメツナ』

から僕と同じ……そうだね、もしかしたら僕より危ない匂いがするんだもの。沢田綱吉、君

は君自身が思う以上に酷くイビツなんだよ」

 

「あ、それは知らなかった。そっか、なるほどねぇ……今後の参考にさせて頂きマス」

 

 

とりあえず納得したツナは、ヒバリの肩をトンと押しやり、『離れろ』という意思表示をする。

反抗するでもなく素直にその要求を受け入れた彼は、実はいまだにツナの顔の横にあったト

ンファーを静かに引いた。

どうやら、霊長類ヒト科として身に付けておくべき最低限の礼儀は心得ているらしい。

でも。

 

 

「―――――でも、だからってなんでコレ?」

 

 

せっかく見付けた『類友』が分厚い面の皮で本性を隠していたからといって、なぜわざわざ

ソレを剥ぐような無粋な真似をする?

自分との間に会話をするのに不自然ではないだけの距離を取ったヒバリを不機嫌も露わに睥

睨すると、彼相手にそんな大それたことをする人間は今まで一人たりともいなかったのか、

ワクワクドキドキ(時と場合と相手によってはイライラ)の初体験

に彼は面白そうに笑った。

 

 

「二週間前の入学式の時に僕はすぐ君が『そう』だとわかったんだけどね……君はなかなか

動かないし、それどころかボロを出しもしない。いっそのこと校内放送で呼び出してやろう

かと思ったら、視界の端でタイミング良く群れてるじゃないか。これは良い機会だと思って」

 

「だから仕掛けてみたと?」

 

「まぁね、年甲斐もなくはしゃいじゃったよ」

 

 

それと同時に作られたのは、近年希に見る勢いの苦い顔。

 

 

「…………俺もやっかいな人に目を付けられたもんだねぇ」

 

「光栄に思いなよ。それより、なんだってそんな面倒なことしてるのさ」

 

 

その真っ当な問いに。

ツナは少し前に強打した部位の具合を確かめるかのように軽く肩を回しながら、それはそれ

は面倒臭そうに答えた。

 

 

「この不条理な世の中を『それなり』に生き抜きたいから、かな」

 

「何ソレ。言ってる意味がよくわからないよ」

 

「ようするに、『平凡人生』に憧れてるの。心の底から『変化のない日常』を愛

してるんだよ。だから運命(さだめ)に逆らってダメライフを満喫してマス……でも、

今回はちょっとダメ過ぎたみたいなんだよね。突発的な不幸は一度あっても二度目は許しち

ゃいけなかったのに」

 

「そこまで計算して振る舞ってるのかい?筋金入りだね。理解に苦しむよ」

 

どうぞ存分に苦しんで下サイ。俺は別に共感して欲しい訳じゃないし、『ダメ

ツナ』でいるのは誰に強制された訳でもないんだよ。コレはあくまで俺自身の意思――――

雲雀恭弥、貴方にとやかく言われる筋合いはないと思いマスが?」

 

 

挑発するような、目。

日本人らしからぬ色彩を持つ瞳に浮かぶのは、ソレを見た者の視神経に鋭い痛みを感じさせ

るほど鮮やかな光だった。

弧を描く唇は誘惑するかのように淡く色づいていており、真正面からまともにツナの顔を見

てしまったヒバリは静かに息を呑む。

ヒバリ自身、ツナのことは確かに『小動物系の可愛らしい顔立ちをしているが、特に騒ぎ立

てるような容姿ではない』と認識していたものだから、ダメツナ時と演じていない今とでこ

こまでの差が生じるとは予想だにしなかったのである。

今のツナを見て、魅せられない人間などいないだろう。

―――――長い沈黙の後。

ヒバリは声を上げて晴れやかに笑った。

 

 

「凄いね、君。想像以上だ。どうだい、風紀委員になるつもりは?」

 

「天地が逆転しても」

 

 

それはありえないよ、残念デシタ。

にべもない返答に、しかし気を悪くするでもなく更に笑い、ヒバリは『ホントに残念。だけ

ど君ならなんとなくそう言うと思ったよ』と言った。

恐怖の代名詞さんは意外と話のわかる御人らしい。

しかし、だからと言って彼がココでの出来事を全て無かったことにしてくれるだけの心の広

さを持ち合わせているという訳ではないのだ。

自分達が『同類』で、出会うべくして出会ったというのなら、せめてそれぐらいの『運命(さ

だめ)』は受け入れてあげましょう。

ある種の特技となっている『諦めの境地』を披露してのけたツナは、この時、彼の目の前で

初めて素で笑い、初めからそう決まっていたかのようにそっと自身の白い手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

「改めて―――――初めまして、雲雀恭弥さん。俺は沢田綱吉です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                          END

 

 

 

一言 < 同盟サンプル用小説、実は今まで書いていなかったヒバリさんとツナ様の出会い

編です。この話は『人』シリーズ設定ですが、小説の本拠地が同盟ページになる

ので、そのシリーズを知らなくても支障はないように出来ているはず。